2009年11月15日

カウチサーフィン的人づきあい

もともとわりと人みしりで交友範囲も狭いのですが、最近特にその傾向が強くなっています。自分の指導教員と数分しゃべっただけで、その後しばらく胸がドキドキしたり、たまには研究室で自然にお昼でも食べて人と交流しようとサンドイッチを買って行ったものの、一口食べてやっぱり出てきてしまったり。普通にフレンドリーに感じよく、なおかつ適度に距離をとったかんじで人と接したいと思うのですが、なかなかうまくいかない。極度にビジネスか、完全にくだけた魂のつきあいか、どっちかならできるのですが、その中間となるとぎこちなく、難しいようです。そして、だいたいの社会生活で求められるのはその中間部分。

そんな私ですが、数年前から断続的に、見知らぬ旅人を家に泊めるという活動をしています。カウチ・サーフィンというサイトがあって、そこに登録すると、自分の旅先で泊めてくれるお家を検索できたり、自分のところに旅行者が泊めてくださいとリクエストを送ってきたりします。ゲストルームや寝室に泊める必要はなく、貸すのは基本的にカウチとかそんなもの。カウチを旅するカウチサーファー達の無償の交換の場です。

そもそも、インドに住んでいたとき、旅行に行くときかなんかにN君がこのサイトをお勧めしてきたのですが、私は、「えー、そんな知らない人の家なんかに泊まったりして仲良くするのは疲れる」と言ったのです。すると、すでにメンバーだったインド人の同僚とN君がアハハと笑って、「別に誰もあなたと親友になろうとは思っていないし、嫌なら一緒に食事したり観光案内する必要もない。むしろ、そういうのを求めてる人は少なくて、カウチを貸し借りするだけなんだから」という。ふーん、そんなものか、まあやってみようと始めて、結局そのときの旅行で自分が泊まる場所は見つからなかったのだけど、それ以降ホスト専門となりました。

これまで泊めた人は、カナダ人、ドイツ人、フランス人、イタリア人など。ムンバイと東京という、宿代が高くて旅行者の入り口となる場所に住んでいるので、我が家のカウチ利用設定を「メイビー」くらいにしておいても、がんがんリクエストが送られてきます。それはそれで大変なので、しばらく閉店していたのですが、先日、久々にカウチ開店するかー、という気になり、早速やってきたオランダ人とハンガリー人の新婚旅行カップルを3日間泊めました。

しかし、カウチサーファー達が来る当日、いつもめんどくさく、ちょっと不安になってしまう私。でも、今は経験上、来てみたら案外平気でわりとおもしろいものだと知っているので、気楽に行こうと自分に言い聞かせます。夜、カウチサーファーの寝息(とかいびき)を聞いていると、あー、こんな知らない人とこんな近くで一緒に寝ている。この人たちは、遠くから旅してきて、うちで寝ているんだなー。となんか自分もちょっと旅する気分が味わえて、家の空気の流れがよくなる気がします。

「泊めてくれて、ありがとう」「旅行、楽しんでね」と別れて、その後、お互いに「ナイスなホスト/ゲストでした」とウェブサイトにフィードバックを書き込む。いつもこんなかんじに爽やかに人づきあいができればいいな、と思うものの、人生カウチサーフィンのようにはいかないもの。だからやっぱり、たまにはカウチサーファーをホストしようと思うのでした。
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2009年11月12日

29歳の誕生日

昨日は私の29歳の誕生日でした。20代最後の歳、ってことでちょっと緊張します。目標とか立てたほうがいいのでしょうか?なんか、年賀状と一緒で、年々受け取るお誕生日のメッセージが少なくなっていきます(いや、別に、ここでそれを訴えたいわけではないけれど)。これは、私が誕生日おめでとうメッセージを送る回数が減っていることと相関関係があるのではないか、とN君に発表すると、相関関係はいつも因果関係というわけではないけど、この場合は両方かもね、というコメントをもらいました。そんな誕生日。

ついでにお伝えしておくと、私は友達の誕生日は、一度聞くと手帳に書いて、毎年新しい手帳にその誕生日を書き写すという作業は怠っていないのです。で、毎月、新しい月のページを開くと、あ、もうすぐ○○ちゃんの誕生日だなー、元気にしてるかなー、などと思い浮かべ、おめでとうのメッセージを気で飛ばしているのです。でも、気を飛ばすだけでは存在しないにも等しいのしれない。やっぱりなるべくメールなどのメッセージをおくるようにしたいと思いました。それが私の29歳の目標かなー。

ちなみに、誕生日プレゼントに、私の愛読ブログ「あたし・主婦の頭の中」のブログ本をもらいました(しかも2冊:『あたし・主婦の頭の中』と『いろいろあるのよ、主婦だって!』)。N君の誕生日プレゼントを選ぶ基準は、「すごく欲しいもの」ではなく、「まあ欲しいといえば欲しいけど、自分では買わないもの」。だから去年は確か、アメリカ滞在時2ヶ月分の健康保険をもらった覚えが。今年は、私の日常生活を身近に観察しつつ、私が「欲しそうだけど自分では買わなさそうなもの」として、このブログ本が選ばれたのです。私、このブログが本当に好きで、「今日は論文を書く!」などと宣言して家にこもっていても、パソコンに向かいつつ、ついつい過去記事までもさかのぼって読みふけってしまい、半日つぶしたなんてこともしばしば。しかし、ブログ本というものを手にするのは初めてなのですが、なんか、いつもスクリーンで見ていたものが紙に印刷されているのって、不思議な感じ。上から下へのスクロールで読むものとして頭が理解しているので、左から右という要素が加わって見渡す範囲(絵と文字)が増えたスタイルにうまく順応できず。というか、漫画って普通、右から左式だよね。とまあ、多分この文章を読んでも私の気持ちは理解してもらえないと思うのですが、そんなふうです。

さて、そろそろ仕事に戻ります。夏のフィールドのデータをやっと整理し、なにやら書き始めた私。今週中に一度まとめる予定です。

 
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2009年10月29日

ネズミと薄い封筒

おかげさまで、すっかり元気になりました。と思ったら10月も終わりかけ。今週頭は、まだまだ先だと思っていたゼミ発表とか調査報告書の提出とかを何とか片付け、やっと一息つこうとしたところで、立て続けに事件発生!……そんなわけで、今も至急やるべきことはあるのだけど、興奮して手につかないので、ちょっと整理を。

昨日の夜、ひとりでパソコンに向かっていたら、台所から聞き覚えのある物音が。勇気を出して覗いてみたら、目があっちゃいました。ネズミさんと。これまで天井の薄い板をはさんでのお付き合いでしたが、ついに我が家に乱入。流しの下の壁に真ん丸の穴を貫通しての登場です。その後、トイレに行こうとしたら、トイレの中にも一匹。帰ってきたN君と一致団結してトイレから玄関まで本のバリケードを作り、つっぱり棒でつついたりして家の外に誘導しようとしたものの、作戦失敗。トイレネズミは、トイレの窓の網戸に真ん丸の穴を開けて出て行ってしまいました。あいつら、やりたい放題です。

深夜、コンビニをはしごしてネズミ対策グッズを探しにいったものの、そんな需要はないようで、何も手にはいらず。仕方なく、壁の穴に丸めたダンボールを突っ込んで(アイお勧めの尖った葉っぱも見つからなかった)、昨日は寝ました。

N君は前からネズミ対策に猫を飼いたがっており、私もこうなったら猫しかないかも、と腹をくくって、今日大家さんに話しに言ったのですが、やっぱりペットはダメ。ということで、穴には木の板を張ってもらいました。木だったらまたかじるだろうけど、「ここは自然がいっぱいだから、どうしようもないよね。別に悪さしないからね」と気楽なようす。家に穴あけて、部屋をフンだらけすることは随分な悪さだと思うのだけど、ここではそれが普通なのか。まあなんか、それなら仕方ないかもな、とちょっとネズミと一緒に生きていく覚悟ができてきました。

*****

そして、もうひとつの事件。今日の昼頃、薄い封筒が手元に届きました。これが全くの不意打ちで、予定より早く届いた某G会からの通知だったのです。そう、私が半年ほど前に泣きながら書いていたあの書類の結果です。なんか、ネズミやらなんやらで興奮状態だったところに、いきなりこんなものが届いて、さらに混乱。でも薄い封筒が届いたら不採用って聞いていたので、やっぱりダメだったんだ、いや、分かってたけどね、なんてすでに言い訳しながら開けてみると、なにやら意味不明なことが書かれています。なんか、面接なしで採用予定?とかなんとか?いきなり日本語が読めなくなってしまったので、wknちゃんに読んでもらおうと手紙を写真にとってメールする。と、文字が小さすぎて読めないと電話がかかってきたので、その場で一言一句読み上げて内容確認。というわけで実際に読んだのは私なので、まだいまいち自信がないのですが、多分、なんか、通ったみたいです。ひー、これはなんというか、おもしろがったらいいのか、どう反応したらいいのかわからず。そんなわけで、書いてみても別に心は整理されませんでしたが、ひとまず報告です。そして、ちょっと仕事に戻ろうと思います。
タグ:研究生活
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2009年10月23日

清潔な暮らし

またまた間が空いてしまいました。実は先月末、無事に帰国はしたものの、それからずっと体調を壊しています。インドではまあ、相変わらずバー・カクタスに行った次の日にお腹を壊したりはしたものの、基本的には元気に過ごしていたのですが。帰ってきて疲れたのか、安心したのか、日本が嫌なのか、いつもは平和に共存できているはずの細菌やウイルスの総攻撃にあい、気持ちも沈みがちで、わりとさえない日々を送っています。

そんなわけで、私は普段からわりと不潔なほうですが、ちょっと衛生に気をつけようかと思いはじめました。手始めに、ハンカチの2度洗い。ハンカチといっても、我が家では欧米風(?)に鼻をかむのも痰を吐くのもハンカチです。(こう文字化してみると、なんか汚く感じるなぁ。すみません。)最近は二人とも風邪気味で一日中鼻をかんでいるので、こういうところから菌が蔓延しているのかも、と思い立ち、今回はN君が汚れたハンカチを二度洗いしてくれたそう。インフルエンザ予防にヨーロッパではティッシュでの鼻かみが励行されているらしいですが、うちもティッシュを導入したほうがいいのかしら。

ところで、日本は諸外国(私の中の諸外国はインドとアメリカ)に比べて、清潔信仰が強いと思っていたのですが、意外な事実を発見。実は、9月半ばから10月はじめにかけて、N君の両親が日本に来ていたのですが、お母さんが一番ショックだったことは、公衆トイレに石鹸がないことだったそうです。私はそれまで特に意識したことがなかったのですが、言われてみれば、例えば彼女が良く利用した駅とか観光地のトイレとかって、トイレット・ペーパーこそ最近置かれ始めたものの、石鹸って置いてないのです。そこで、彼女はマイ・石鹸をいつも持ち歩いて、トイレのたびにそれで手を洗っていました。

私も、去年のアメリカ滞在時にトイレについてブログに書きましたが、異国のトイレに関してはやはり細かいところが気になるらしい。

ちなみに、私の母は、N母と一緒にトイレに行ったとき、マイ・石鹸を貸してくれたことに驚いたと話してくれました。(私がインドに行っている間に、両親顔合わせが行なわれたのです)ウチの母曰く、トイレの後というよりも、外から家に帰ったときに石鹸でしっかり手を洗いたいらしい。家に帰ったら手を洗うって、独特な日本的な衛生感覚だとどこかで読んだ気がします。さすが、母。

そして、インドで私は、主にトイレで紙を使わず手で洗うし、ご飯も手で食べるので、さすがによく石鹸で手を洗います。そのほうが結果として全体的に清潔に過ごせるのかな?そんなわけで、手洗いうがいに気をつけて、元気を回復したいところです。
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2009年09月18日

こんな午後

ブログの更新がしばらく止まってしまっていました。インドに来てすぐは、いやー、やっぱり日本にいるのと違ってインドにいると書くことがたくさんあるなー、どんどん書こう、といい調子だったのですが、1ヶ月も過ぎるとまた同じになってしまった。コンスタントにブログが書ける人は、安定しているしプロダクティブだなーと感心します。今日はとりあえずヒマなので、そしてちょっとブログを書くようにというメッセージを受け取ったので、何か書くことに。いつも以上に内容はありませんよ。

さて、今回のインド滞在も残りわずかとなりました。時に激しく興奮して忙しく働き、時に激しく退屈して部屋にこもっているという、浮き沈みに翻弄された日々でした。インドが私の気性を激しくするのか。今週は、つい昨日まで、周りの人びとがくすんで見えるほどギラギラ興奮モードだったので、自分でもこんなにハイだったら後から大変だぞーとうっすらかんじていたのですが、やっぱり長続きしなかったなー。でも、ハイな間に、研究者に会ったり、いろんなところにメールを書いたり、前の会社を訪問したり、街に出る用事を済ませたり、いろいろできたので、一瞬でもそういう時期が来てくれてよかった。そのときにアレンジした約束は果たさなければならないので、あと数日はまた動くことになりそうです。

基本的にひとりで働くプロジェクトなので、自分のペースで動けるというとよく聞こえるけど、その「自分のペース」が当てにならない場合、どうしたらいいのでしょう。チームで働いてたら嫌でも働かないといけないから、実はそっちのほうが向いているのかと思ってみたり。でも本当に嫌だったらどうせ働かないと思うので、どっちでも一緒かな。

今日は午前中調査に出て、それから家にずっといたので、アイ・オズモシスが開催している英語エッセイ・コンテストのテーマに沿ってエッセイを書いてみました。なんか、でもちょっと甘酸っぱくなってしまい、しかも最近わりと真剣に考えていたことをがんばって書いて愛着がかなり沸いているのがまた恥ずかしい。なにやってるのか。でもまあ久々に英語で文章(メールとかチャットではなく)が書いてみたい、としばらく思っていたので、書き終わったら気持ちいいかと思ったけど、そうでもなかった。

こんな午後。といっているうちに日が暮れていた。明日はまた人と会うのです。朝から走って気合いれようかな。

2009年08月26日

走る、めまい、そしてお酒

今日はなかなかに刺激的な一日を過ごしました。

まず、朝6時に起きて、いつもどおりヨガで体を起こし、短パンとTシャツで外へ。2週間くらい前から、早朝のジョギングを始めているのです。ここの近所には、ムンバイとナビ・ムンバイを隔てる入り江沿いに"Mini Seashore"と呼ばれている大きめの池(小さめの湖)があって、その周りに遊歩道が作られています。そこを、朝夕、近所の健康コンシャスなインド人達がぐるぐる歩いています。歩いている人のほかには、呼吸系のヨガをやっていたり、軽く筋トレみたいのをやっている人もいます。男性はTシャツ、短パンみたいなスポーティーな服装。数は少ないものの、女性はサリーとかサルワール・カミーズとかいつもの服装にスニーカー。初老の夫婦や中年〜初老の男性数人のグループ、父親と息子などがメインです。そのなかを真剣に走っている人、特にスポーティーな装いの日本人女はかなり珍しいのですが、そこは都会だけに誰も驚く様子もなく、話しかけられることもありません。調査を忘れて、ひたすら走る。そして、汗だくになって、湖畔でラジオ体操をする喜び。家に帰ってからも、しばらくは肯定的な気分で、仕事の効率もよいのです。長く続くとは思えないけど、いまのところ非常に健全な楽しみです。

その後、ホームスティ先の家族が経営するムンバイの学校(小学校と中学校がセット)を見学することになりました。校長先生に「日本からムンバイに勉強しにきた、たまこさんです」と紹介されると、転校生だと思われたらしく、「何年生?」との質問が。その他、日本では何を食べるのか、インドは好きか、などなど質問を浴びさせられた後、子どもと手をつなぎ、高速でぐるぐる回って目が回るのを楽しむという遊びをやらされたり、子ども達に囲まれた円の中でコサック・ダンスを踊らされたりしました。

そして、タクシーでヴァシに帰りつきます。個人的にはムンバイのむさ苦しいタクシー(シートの柄とか素材までもが、常に暑苦しく不快にあつらえてあるのが不思議。例えば起毛で紫と茶色の大判花柄とか)よりも電車とかバスのほうが快適だと思うのですが、家族と移動するときは公共の交通機関を使えないという制約があるのでタクシー。それで疲れ果てた私は、ついに、来たときからずっと気になっていた謎のワインに手を出しました。ここのお家は普段お酒を飲まないのですが、なぜかずっと冷蔵庫の中に蓋の開いたワインが入っていたのです。料理用かな?と思いつつ、使っているようすもないので、の、飲みたい…・と何度か葛藤してきたのですが、今日ついに、「これ、飲んでいい?」と聞いてみました。すると、いつか分からないくらい昔お父さんが買ってきたけど、誰も気に入らなかったからそのままになっていたとのこと。試してみると、おいしい!とは言いがたいものの、これよりまずいワインはインドで何度も飲んでいるので、余裕。やっぱり人生にアルコールは必要だなぁ。

でも、こんな簡単に快楽を味わってしまったら、朝から走ったりぐるぐる回ったりしなくなってしまって、良くないのかもしれない。人生に何を選ぶのか。うーん。

2009年08月18日

ムンバイカールの別荘ブーム

先週末は、ムンバイカー(ル)(Mumbaikar: 「ニューヨーカー」みたいなかんじで使われる。英語かと思っていたら、マラーティー語らしい。「ムンバイーティー」Mumbaiteが正式な英語だとか)の別荘地、タレガオン(Talegaon)に行ってきました。今回の滞在中、すでに二回目のタレガオンです。

タレガオンは、ムンバイから車で2時間くらいの高台にあり、緑に囲まれたのどかな場所です。高速道路から降りて村道を少し進むと、突然ゲートが立ちはだかり、なかには閑静な別荘街(ソサエティ)が広がっています。ムンバイから近いわりに、高度が高いからか非常に涼しく、夜は毛布に包まらないと寒いくらい。別荘の庭にはバナナ、マンゴー、ココナッツ、ざくろ、パパイヤなどの木が植えられていて、朝になると近隣の村から鶏の鳴き声が聞こえてきます。

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友達の別荘(「平和と吉祥の家」という名前がついています)

友達のお母さんが4年前にホリデーハウスand老後の住まいand/or投資のために購入したというこのバンガロー(一軒家のこと)。旦那さんは関与せず、奥さん一人で計画したプロジェクトだとのこと。購入時は170万ルピー(当時の日本円だと430万くらいか)だったそうですが、今なら4倍の価格で売却できるのだとか。これからも土地の価格はどんどんあがるからということで、娘である私のひとつ下の友達も、昨年、こちらは主に投資用に、別の高台にある新開発された別荘地にローンでフラットを買ったそうです。投資のために家やフラットを買うというのはどうやら流行っているらしく、NRI(在外インド人)の投資用の高級高層マンションもムンバイ郊外にがんがん建てられています。NRIは高くても質のいいものを求めている、ということで、広大な敷地に豪華な建物が建てられ、実際はそこには誰も住まない。そしてその周りにはスラムが広がって……という、まあよくある対比ですがやっぱり不思議なかんじ。

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タレガオンの風景/建設中の別荘ソサエティ

そんなわけで、4年前には山と川と小さな村しかなかったタレガオンにも、団地みたいにぼこぼこ別荘が建設されつつあります。別荘購入時には360度緑が広がっていたそうですが、今では窓から至近距離で建設現場ヴューが臨めます。早朝の鶏が鳴きやむと、ブルドーザーがゴーゴー唸りだし、肉体労働のおじさんたちがせっせと土を運んでいる、というムンバイ各地で見られるおなじみの光景。わざわざ別荘地に着てまでコンストラクション・サイトかぁ。そもそも緑豊かで静かな場所に別荘を買ったのに、騒音に悩まされ、景観は損なわれ、これじゃあホリデー・ハウスとしての価値が台無しじゃないのかと心配になるものの、当人たちは大して気にしてない様子です。

お母さんいわく、4年前には休暇に遊びに来ても、周りに人が誰もいなくてさびしかったのだそう。今では、夫婦それぞれの職場の友達も同じ別荘地にバンガローを購入し、週末に遊びに来ると必ずムンバイから他の家族が来ています。さらに、隣に建設中の新ソサエティが完成すると、もっと賑やかになってよいとのこと。まあ、自分の別荘購入は正しかったのだと言い聞かせている部分もあるのかもしれないけど、家族や夫婦だけで、人里離れた自然のなかでゆっくり過ごしたい、というよりは、まわりに同じようなタイプの人々がいてくれたほうが安心だという気持ちが強いみたいです。また、せっかく田舎に来たんだから、山とか川とか近所の村を散策したい、と思っても「散歩に行くのはいいけど、危ないからソサエティのゲートから出てはダメよ!」とのこと。仕方なくひとりで50件ほどの別荘が立ち並ぶ住宅街の内部を数分うろうろして帰ってきました。家族はというと、ベランダでつくろいだり、昼寝したり、音楽を聴いたりして過ごしています。水や食べ物はすべてムンバイから持ってきて、お母さんは地元のメイドを使っていつもどおり食事の準備をしています。

そんな、別荘で過ごす週末。ブルドーザーの騒音とムンバイから押し寄せる家族連れがいなければ、浮世を離れてここでしばらく過ごすのは素敵かもしれない、と思うものの、やっぱりさびしくなるのかな。ムンバイの喧騒からは離れたい、けど全く離れてしまうのはさびしい、というムンバイカールたちの理想の週末がここにあるのでしょうか。

2009年08月17日

祝・カラオケ世界新記録!

先日、本を買いにいったのは、2007年に華々しくオープンしたパーム・ビーチ・ギャラリアという大型ショッピング・モールで、ムンバイのモールならどこにいってもあるようなチェーンのブランド服や本屋、カフェやフード・コート、映画館などが入っています。同時期に、このモールの隣にもモールがオープンし、今またその隣にモールが建ちつつあります。2008年にはVashi駅の近くにふたつ大型モールができました。こんなにモールを建てているものの、どこのモールも中身が似たり寄ったりだし、基本的にお金持ちしか買い物できないため、経営状況はあまりよくないのだとか。確かに、開店当時、他に行くところがなくてわりとよく遊びに行ったパーム・ビーチ・ギャラリアも、先週行くとシャッターが閉まっている店がたくさんありました。

そんな斜陽感の漂うモールにて、館内に鳴り響いていたのは、大音量のカラオケ。このモールではよくある催しのひとつなのですが、エントランス前の広場にステージが設けられ、そこで一般人がボリウッド・ソングを熱唱するのです。そして、参加者全員歌が下手。あー、またやってるなー。と冷ややかに一瞥してその場を足早に立ち去ったのですが、後日、新聞を見てびっくり。

Hindustan TimesとThe Times of Indiaの両紙が、Vashiのパーム・ビーチ・ギャラリアにて、カラオケ・マラソンがギネス・ブックの新記録を達成したと報じていたのです。2009年8月12日午後4時10分、インドは中国の19日間(456時間)耐久カラオケの記録を更新。「記録が破られた後も、参加歌手たちは愛国歌を歌い続けていた」のだそう。そして、まだまだ続けるという主催者の意気込みが表明されていました。

ちなみに、その時買った本*のひとつに、偶然ギネス・ブックに固執するインド人についてのエッセーが載っていたので、今ざっと読みました。一説によると、ギネス・ブックの記録申請者の5人に1人がインド人なのだそう。ギネス記録を作ったインド人は「インド世界記録保持者クラブ」のメンバーになれて、自らも記録保持者であるクラブの会長は自分の名前をハルプラカーシュ・リシからギネス・リシに変えたそうです。このエッセーでは、片足で立ち続けるサドゥーとか爪の長さ世界一のようなエキセントリックなインド人像や、針に糸を通した回数世界一とか米粒に書いた文字数世界一という女々しいインド人像といったオリエンタリスト的な表象を、インド人自らが積極的に再生産しているようにみえる現象に注目して、それがラジヴ・ガンディー以降の国家の近代化政策と同時期に活性化したことを指摘して、画一的なモダニティへの抵抗みたいなかんじでまとめられていました、と思う(1995年に書かれたものですからね)。

それにしても、ギネス・ブックって最近あまり聞かない言葉ですが、本屋とかで売っているんですか?誰が買うんだろう?しかし、インド人って確かにちょっとエキセントリックな人が多いし(オリエンタリスト?)、ギネスで世界一っていう響きがすごくよく似合うなぁ。

とまあ、とにかくわが町Vashiが、日本ゆかりのKaraokeで世界記録を達成したというご報告でした。おめでとうございます!

* Lal, Vinay 2003, “Indians and the Guinness Book of Records: The Contours of a National Obsession” in Of Cricket, Guinness and Gandhi: Essays in Indian History and Culture, Penguin Books.


2009年08月12日

断食トリート

インドではいろんな場面で「今、断食中」という人に出会います。断食なんて、なかなかストイックなかんじだし、体内をきれいにするとかいって欧米でも流行っていたりするようですが、こちらの断食はどうも様子が違うようです。

先日、助手のラジェンドラ君が断食中だから、ということで、お母さんがアイスクリームを勧めていました。え?アイスクリーム食べていいの?と聞くと、アイス、ミルク、パニールなどの乳製品はOKだそうです。その他、バナナ・チップス、ポテト・チップスなどのスナックや、果物、ナッツも断食時の食べものだとか。じゃあ一体食べたらダメなものは何か聞いてみると、ライス、チャパティ、ダール、野菜など、日常食が禁止になるらしいです。

ここのお母さんの分析では、断食中は食事を絶つというよりは、むしろ普段食べないものを食べる期間だとのこと。例えば、乳製品はもともと子どもや病人にしか食べさせられない特別なもので、健康な大人は断食中にしか食べられなかったのだとか。また、旦那さんの地元ケララのコンクニ・コミュニティでは、米が主食で普段チャパティは食べないので、断食中にチャパティを食べるのだそう。

ちなみに、私のホスト・ファミリーは、断食とか「リチュアリスティックなこと」は一切しないそうです。お母さんいわく、仕事をしている人は断食とかするべきじゃない、とのこと。(ラジェンドラのほうを見て、あんたのこと言ってるんじゃないわよ、と断りつつ。)職場でも、「断食中で普通のものは食べられないから」といって、お手伝いの誰かにミルクを買いに行かせたり、余計な手間がかかると不満をもらしていました。

ヒンドゥー暦のSharavan月(今年は7/22から8/20)は断食+ベジ月らしく、普段ノン・ベジを食べるラジェンドラは、一ヶ月肉食を絶ち、月曜と木曜に断食するとのことです。つまり、週に二日はお菓子の日。野菜やご飯を食べずにお菓子のみをぼりぼり食べるなんて体に悪そうですが。そんなわけで、私はご飯をしっかり食べた上に、彼のチップスとアイスクリームにも付き合うことにしています。

2009年08月10日

ダヒ・ハンディでトロフィー贈呈

昨日、日曜日だったのでモールに行って、本やDVD、MP3などを買い込んで興奮しながら帰り道を歩いていると、道に迷い、たまたま近所のダヒ・ハンディの準備会場を見つけました。

――ダヒ・ハンディ(ヨーグルト壷)とは、クリシュナの誕生日(今年は8月14日)に行なわれるイベントです。地上6メートルくらいの場所にロープで壷をつるし、組体操のように青少年達がピラミッドを作って、一番上に登った子どもが壷を割るというもの。私の聞いた話では、ヒンドゥの神様のクリシュナが子どものころ、乳絞りの女達が村の牛から取れたミルクを町の市場に持っていってしまうため、村の子どもがお腹をすかして泣いているから、町に売りに行くためのミルク壷を割ったというところからこの壷割り行事が始まったそうです。――

周りには、私の今回の調査計画に登場したローカルな極右政党の看板が。ダヒ・ハンディおめでとう、本当に心から祝うよ!なんてことが書いてあります。この政党の青年部が中心となってピラミッド・イベントを開催しているらしい。様子を見ていると、政党のTシャツを着た青年達が集まってきて、夜の8時くらいから始まるから見においでと誘われる。

ダヒ・ハンディ予行練習.jpg
*写真の上のほうに小さく写っているのが壷です。

一端家に帰ってこの話をすると、夜で心配だからといって、友達のお母さんがついてきてくれることになりました。(ついに外出!)ふたりでよちよち歩いて会場にたどり着いてみると、インド風ダンス・ミュージックの重低音が鳴り響き、MCが実況中継をするなか、すでに人間ピラミッドが出来上がっていました。男の子が壷を割ると、ひときわ音楽が激しくなり、係りの人がピラミッドと周りの群集にホースで水をかけ、みんな濡れながら踊ります。<ピラミッドを組む→壷を割る→音楽・水・ダンス>というのが一セットで、各地区から集まったグループが順番に練習の成果を披露していきます。

人間ピラミッド.jpg 水ダンス1.jpg 水ダンス.jpg クリシュナ少年.jpg
*ピラミッド、腰を振りながら水をかける人、ダンス、クリシュナ少年とトロフィー

私が写真を撮っていると、隣にいた青年に、そんなところで撮ってないでステージに上がったら?と声をかけられる。ステージ上には、偉そうなおじさんたちが座る来賓席みたいなのが設けられ、クリシュナに扮した少年が黙ってクールに喧騒を見守り、奥にはDJブースがあります。しばらく話していると、青年が後ろにいた私の友達のお母さんの存在に気づく。なんと、彼は大学教員であるお母さんの元生徒だったのです。しばし再会のあいさつを交わしたあと、他の生徒達もいるから、と紹介される。実は、MCをしている青年を含む、極右政党青年部の中心人物の数人も、彼女の元生徒たちでした。彼女が、私のことを「日本からマラーティー文化を勉強しにきた」と紹介すると、みんなに歓迎され、MCにその旨をアナウンスされ、ステージ上の来賓席に座らされることに。そこで私は、壷を割った少年達にトロフィーと賞金を手渡す役を演じることになりました。

その後、偉そうな人たちと一緒に、なぜかバラの花とココナッツをもらい、会場を後にする。この日は練習だったので、本番の日にも参加して、その後青年部の人びとにお話を聞く機会が持てそうです。なかなか、偶然にしておもしろい体験ができました。先生はすごいな。